なぜ「乾燥もずく」をはじめたのか?

乾燥もずくが生まれた理由

 

― 私たちが「もずくを乾燥させる」という選択をしたわけ ―

もずくは、私たち沖縄県人は日常の食卓で食べるごく普通の食材の1つです。。

沖縄で育った私たちにとって、それは当たり前の感覚でした。酢の物にして食べる、さっぱりとして夏に合う食材。どこの家庭にもあり、どこにでもあるもの。

正直に言えば、もずくを「商品として深く考える」ことは、長い間ありませんでした。

生もずく・塩もずく、そして乾燥もずくの違いについても分かっていませんでした。

その考えが変わったのは、日々の商いの中で感じていた小さな違和感と、

ある一言がきっかけでした。

 

島ラッキョウに支えられてきた商いと、不安

 

私たちの店は、戦後に母方のおばーちゃんが沖縄県那覇市にある第一牧志公設市場で商いを始めたのが始まりで、最初は肌着売り〜卵売り〜豆腐屋、そして僕が継ぐときは、観光客相手の島ラッキョウ・海ぶどう・もずくを中心に扱っていました。

島ラッキョウは、売り上げの7・8割を占める主力商品でした。

しかし、家業に入り数年が経つにつれ、私は次第に危機感を持つようになりました。

島ラッキョウは天候に左右されやすく、不作の年もあります。実際、過去には十分な量を確保できず、大きく売上を落とした年もありました。加えて、年々高騰する仕入れ価格、安定しない供給。

 

実際、僕が市場に入ってきた時は、

1k 500円〜750円ほど、年末の仕入れが難しい時でも1k 1500円ほどでした。

これがどんどん値上がりしていき、一度大きな不作があったとき以降は、1k 1000円を超えるのが当たり前になっていき、年末には1k 10000円を超えることも普通になっているのが当たり前になってきました。

 

「もし、この商品が仕入れられなくなったらどうなるのか」

「この商いは、10年後も続いているのだろうか」

 

島ラッキョウに依存している現状は、決して健全とは言えませんでした。

 

そして、同じ時期に日経新聞の成功した社長さんの記事「私の履歴書」を読んでいて、ある文章が目に入りました。それは「ある商品が売上の8割あり、危機感を持った」という文章です。これを自分達に当てはめると、まさに「島ラッキョウ」に依存していると感じました。

このことが、頭の中にあり、問題意識を持つようになりました。

また、「おばーちゃんや市場の方達が生み出した商品を、超えるようなものを作り出したい」という気持ちもありました。

 

小さく始めた「乾物づくり」

 

そこで考えたのが、新しい柱となる商品をつくることでした。

大きな投資をする余裕はありません。だからこそ、まずは小さく始める

これは、商売の中で何度も心に留めてきた考え方です。

乾燥パパイヤ、乾燥ゴーヤー。

最初は他社から仕入れた商品を扱いながら、「自分たちで作れないだろうか」と考えるようになりました。実際に食品乾燥機を導入し、試行錯誤を重ねる日々が始まります。

袋のサイズ、見た目、賞味期限、価格設定。

やってみて初めて分かることばかりでした。

簡単そうに見えた乾物づくりは、想像以上に手間がかかり、失敗の連続でした。

それでも、少しずつ「これはいけるかもしれない」という手応えを感じるようになっていきました。

 

「乾燥もずく、ないの?」

 

転機となったのは、思いがけない一言でした。

私たちが商売をしている場所は、観光のお客さんも多く訪れます。

それで私は個人レッスンで、中国語を台湾の方から習っていました。

その中国語の先生から、何気なく聞かれたのです。

「あなたたち、乾燥もずくはないの?」

その先生の知り合いで、台湾に住むご両親が商売をしているようで「沖縄の乾燥もずくを欲しがっている」と言います。

しかし、生のもずくは日持ちしない。持ち運びも難しい。

だからこそ、「乾燥してあれば欲しい」という話でした。

その瞬間、頭の中で点と点がつながった感覚がありました。

 

「予期せぬお客さん」が教えてくれたこと

(ドラッカーの原理原則は、私たち「小さなお店」にも当てはまりました)

 

経営学者ドラッカーの言葉に、

「予期せぬお客さんこそが、本当のお客さんである」

という一節があります。

 

まさにその通りでした。

私たちは「乾燥もずくを作ろう」と思っていたわけではありません。

しかし、現場での何気ない会話の中に、本当のニーズが隠れていました。

沖縄では当たり前すぎて、価値を深く考えなかったもずく。

けれど、視点を変えれば

 

  • 日持ちする
  • 軽い
  • 海藻の栄養をそのまま摂れる

 

乾燥という形にすることで、もずくはまったく違う可能性を持ち始めます。

 

作ってみて分かった「簡単ではなさ」

 

もちろん、すぐにうまくいったわけではありません。

乾燥の具合ひとつで、香りも食感も変わる。

水で戻したときの状態、使いやすさ、見た目。

「乾いていれば良い」というものではありませんでした。

何度も失敗し、やり直し、少量ずつ改良を重ねました。

それでも、少しずつ「これなら自信を持って出せる」という形が見えてきます。

この過程で大切にしたのは、

自分たちが納得できるかどうか でした。

 

乾燥もずくに込めている想い

私たちが乾燥もずくを作る理由は、

「珍しい商品を作りたいから」ではありません。

 

  • 沖縄の食材を、無理なく日常に取り入れてほしい
  • 観光のお土産で終わらせず、暮らしの中で使ってほしい
  • 海藻の持つ力を、もっと身近に感じてほしい

 

そんな想いがあります。

コロナ禍を経て、食や健康への意識は大きく変わりました。

身体をつくるのは、日々の積み重ねです。

乾燥もずくは、特別な料理ではなく、

「いつもの食事に少し足せる存在」でありたいと考えています。

 

これからの私たちと、乾燥もずく

 

乾燥もずくは、私たちにとって「新しい柱」のひとつです。

島ラッキョウに代わる存在になるかどうかは、正直まだ分かりません。

それでも、

準備をし、試し、続けてきたからこそ、今があります。

沖縄の市場で育まれてきた商いの感覚と、

これからの時代に必要な形。

その間をつなぐものとして、乾燥もずくを育てていきたいと思っています。

 

この商品が、

誰かの食卓で、

誰かの身体を支える一助になれば、

それ以上に嬉しいことはありません。